あれから4日・・・

3月11日 金曜日  14時46分


その夜、夜勤だった私は昼寝から起きて娘の夕食の支度をしていた。


強く長い揺れ・・・・帯広震度4


この日の夜勤では余震を含め3回の揺れを感じた。休憩室にあるTVには想像を絶する光景がなんどもなんども放送されていた。
被害状況が掴めずあの時はまだ、こんなにも大きな被害をもたらすものとは思っていなかったおバカな私。



ここ数日、TVでは被災地、被害状況の映像が放送され津波に飲み込まれていく街、人、生活のすべて。


流れる映像を見ながら

動けない老人はただ波に飲まれていったのだろうか・・・・

逃げ切らず幼子を抱えた親子は何処へ流されたのだろうか・・・・

バラバラになった家族は会えただろうか・・・・

現地の医療機関はどうなっているのだろう・・・



ただ、ただTVを見ながら涙し何もできない自分の無力さを感じた。




消えてしまった命


消えゆく命



助かった命


別れ



出会い



再会


暗闇


飢え



寒さ



恐怖



絶望



不安な心


先の見えない明日





本当にその光景は日本なのだろうかと疑ってしまうほど自分の生活は変わらぬまま・・・・

温かいご飯も食べるし、お風呂にも入る。

楽しくお喋りもすれば、笑いもする。

仕事をしながら普段と変わらぬ生活を送っていることが申し訳なく感じてしまう。




私にできることは何!?いったい何ができるの!?


何をすれば疲れ切った顔をして子供抱えているお母さんが笑顔になるの?

どうすればお腹を空かせた子供が「お腹いっぱい!!」と笑うんだろう?

節電すれば寒さに凍えるじいちゃん、ばあちゃんに毛布を渡せるの?




いつもと変わらぬ生活を過ごす私に出来ること。それは、わずかながらの義援金を送ることです。



こんな大災害になると思わずに。
実は、ニセコテレマーク修行から帰ってからハイシーズンも間もなく終了と言うのに太板を購入したドアホゥな私。
板の受け取りは3月12日で13日にはニセコ遠征に行く予定でした。もちろんやめとけば良かったなぁ~と後悔はしたけどキャンセルなんて出来るはずもなく予定通り購入。ニセコには行かず、ちゃっかりメムロスキー場のナイターで試乗もしてきました。しかも、次の日には日勝周辺の無名峰(通称:労山熊見)を滑ってきた。



こんなこと・・・ココに書けば非難ゴーゴーだろうなぁ~と思いつつ。
なんだか黙っているのも心苦しくて・・・・



酷い人でしょ私。



義援金を送る私は・・・・まるで偽善者だ!!!ゴメンナサイ<(_ _)>でも、少しづつですが送り続けます。




一日も早い復興を願って・・・・

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by wakaba_a1012sora | 2011-03-15 10:21 | ひとりごと
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